【幕別町】 途別鑛泉「加藤温泉跡」❷(2009年10月) 
より続く。
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 帯広図書館で偶然「開拓百年依田のあゆみ」を手にした。
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 その文中に「又その当時加藤温泉(現在菊池氏の川向う)が明治29年頃に出来最盛期には帯広市十勝支庁の職員を始め、数多くの観光客が訪れ、何時も盛況であった」とある。
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 ページを繰っていくと、大正時代と思しき依田地区の概念図が載っていて、左上に♨加藤温泉とある。現在の東7号を延長した先にあるような図である。
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 昭和8年依田地区居住者に菊池進氏も載っている。当時、対岸の梅田初太郎氏方面に行く道に橋が掛けられていた。
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 加藤温泉は菊池氏の対岸にあったので国土地理院地図では+の地点付近になる。
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 東7号をまっすぐ南下していくと、三協商事倉庫の前に「幕別町水田発祥の地記念碑」が建っている。依田地区での水田開発は明治33年、依田勉三が途別農場で7反の田圃に稲の試作に取り掛かっている。記念碑は大正10年2月、高橋善八らによって途別水田開発20周年を記念して建立されたもの。依田勉三は帯広開拓の祖と言われているが、むしろ幕別町での功績のほうが大きいようである。現実に、依田という地名にもその名が残っている。
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 途別川の堤防がすぐ近くにあるので少し上流に歩くと、菊池樋門が現れる。幕別町ゼンリン住宅地図には幕別ホテル緑館井の位置に□で囲ってあるのが確認できる。
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 「幕別町史」に出てくる成井農林の温泉湧出を視察する中島国男町長の画像。「幕別町史」には「札内の成井農林の温泉ボーリング成功が、幕別温泉ホテル建設のきっかけとなった」とある。依田地区で成井農林は何箇所かボーリングしているが、成井農林の温泉湧出を視察する中島国男町長の画像に出てくる泉温31度の場所を比定するのは難しい(泉温が低下している可能性もある)。
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 「北海道の地熱・温泉(C)北海道中央部」(北海道立地質研究所)には、6E2の位置が成井農園泉源となっていて、付表欄に昭和52年6月の調査で深度365m、泉温29.3℃、湧出量288ℓ/分、pH7.3、自噴となっている。「幕別町史」に出てくる成井農林にほぼ符合する。面白いことに、幕別町温泉1号井に切り替わってから、成井農園泉源は養殖に利用されたというのだが。

【幕別町】途別鑛泉「加藤温泉跡」❹(2009年11月)に続く。