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「幕別町百年史」では、「黒田林平の死後、夫人の黒田フサ、藤島某によって経営が続けられた」とある(藤岡は文脈から藤島の誤記と思われる)。林平がいつ亡くなって、藤島某がいつから経営したのか記述がない。 十勝川温泉、糠平温泉の開発は大正年間だが、本格的に発展し ...

 「幕別村史」より  幕別の現存する自治体史で、途別鉱泉を発見した加藤某が登場したのは、大正8(1919)年に発行した「幕別村史」が最初だろう。「霊夢によりて之を発見」と霊泉伝説の胡散臭さがあるが、別奴・白人辺りのアイヌの人から場所を教えてもらったのだろう。こ ...

 帯広市図書館の郷土関連資料コーナーで「十勝晩成会解散記念誌 依田勉三・晩成社の研究」(十勝文化会)を手に取る。 十勝開拓の祖・依田勉三が唯一成功したのが途別農場の水田。明治29(1896)年6月に、晩成社が75万坪の仮引渡証の下付を受けたとある。地図で見ると、 ...

 帯広図書館の郷土資料コーナーで偶然「北海道温泉案内」を手にした。昭和8年9月20日発行で、発行所は札幌鐵道局運輸課となっている。 途別温泉で「旅館富士館」の名前を発見。「札内駅から約1粁(10町)、徒歩でゆく。」とある。 1粁は1km、町(ちょう)は尺 ...

 「北海道温泉地案内」(昭和12年発行)で「途別富士館」を発見したが、他に「途別富士館」関係の資料がないかと幕別図書館に赴き何気なく「十勝寶盟鑑」を手にした。序文では大正14年1月となっている。発行年は不明だが、同年の翌月に発行されているようだ。本文は十勝 ...

途別鉱泉「加藤温泉跡」番外篇1より続く。 帯広市図書館の郷土関連資料コーナーに赴く。「開拓百年依田のあゆみ」をしらみつぶしに見ていくと、「依田開拓七十年記念によせて入植の思い出」(昭和40年頃の記録)文中で菊池進氏(故人)が「加藤温泉は後に帯広の加藤家具 ...

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